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2015年02月26日

秋がきました

ついこの前まで暑くてたまらなくてヒーヒー言ってたのに、少し過ごしやすいなぁと
思ったのもつかの間、今は寒いくらいです。
ホント過ごしやすい時期なんてアッという間に終わってしまうんですね

近くのたんぼでは稲刈りを終えたところが多くて、なんだか景色が少し寂しい感じがします。
毎年、稲穂の実った黄金色のたんぼの畦がまっ赤な彼岸花に囲まれて、
黄色と赤のコントラストに秋を感じてうっとりしたのですが、
今年は彼岸花の赤色が全然見当たらないうちに稲刈りが終わり、
裸んぼのたんぼが増えた今頃になって やっと彼岸花が見られるようになりました。
今年は彼岸花の咲くのが例年より遅れたのかな…
私としてはあの黄金色と赤の美しい風景が、卓悅化妝水「これぞ日本の秋」って感じで
楽しみだったのに、なんだか今年は肩透かしをくらったようです。
2010_10.jpg
たんぼの畦の彼岸花はもともと自然に生えたものではなく、
ネズミ除けに植えられたものだったそうです。
たんぼに多い野ネズミは、畦に穴を開けるので畦が壊れて水が抜け、
農家の困りもの。
そこで、ネズミ被害を防ぐために、根っこに毒を持つ彼岸花を植え、
稲を守ったと言われています。
あの美しい風景は、農家の智恵から作り出されたものだったんですね。
私の祖母が住んでいた田舎では、肺だったか心臓だったか忘れたけど、
なんせ胸の病気に効く、と、彼岸花の根っこをすりおろして胸の上に広げて貼り薬に
していました。
毒を薬として利用する、こういう事を思いつき、植物をうまく利用してきた昔の人は
本当に賢いですね。
さてさて、秋の私の楽しみといえば、栗!!
祖母が残してくれた栗畑が田舎にあるのですが、今、私はこの栗畑のことで頭が痛い… 。
160坪ほどのこの栗畑を東京に住んでいる叔父(祖母の息子)が「新幹線代を払って
栗を拾いにいくのもバカらしいから売る」、と言い出したので、私としては幼い頃に
祖母と栗拾いをしていろんな栗料理を作った思い出のある栗畑を他人に売っ払って
しまうのは祖母に申し訳ない気がして
「栗畑なら世話しなくてもいいし、見ず知らずの他人に売るのなら、おばあちゃんの
ために私が買おうかな」と思ったのですが、これが何ともとても難しいんです。
農家以外の人間が畑を買う場合、法律が非常にややこしい!

  


Posted by 逨よ at 16:00Comments(0)

2015年02月09日

昔の物語



今では、枯山水のおバア にも、若い頃がありました。
ボーイフレンドは、4才年下のカワイイ男子、名前はトモクン。
大阪市内でも有数の高級住宅地に住む、オボッチャマでした。


トモクンは、オボッチャマの例にもれず、中学からは私学の一貫校に通っていた。
一応、大学生ではあったが、知能指数は(おそらく)いいのだろうけれど、
驚くほど学力は低く、学力コンプレックスを根強く持つおバアだったが、
世の中には、上には上が、下には下がいることを思い知った。
それよりもなによりも、本人は全く、コンプレックスを持っていないことに、とても驚いた。

でも、ヘンな理屈をこねまわすでもなく、なんの曇りもない目と心を持つ、純粋で従順なトモクンだった。
子供か、ペットが変身して、ひょろひょろと背の高い男子になった、そんなかんじだった。
純粋な馬の目を見た時にも思ったけれど、濁りのない眼でまっすぐ見る眼差しには、
世の中の汚れなんて、見えないのだろうな???。
おバアは、こんなトモクンが大好きだった。

ある日、トモクン、20才のお誕生日のこと。
「チッチッチッ、チーッ」と、時計の針が、誕生日の時刻を刺した時、20才を迎えた彼は言った。
「今、オレ、変わった? 大人になった?」
彼は(生物として)20才になれば、同時に、自動的に、大人になると信じていたようだ。
狼男が月夜に変身するみたいに、20才の誕生日に突入すると、中身も外見もきっちり20才に変わるはずなので、
その変化が、外から見て、わかる?という意味なのだけれど。
その考え自体に衝撃を受けた。
この子、本気なの? 本気でこんなこと信じてるの?
びっくりも、ビックリ。
20才にもなって、こんな子がいるんやー、と。
サンタクロースも、きっと、本当にいるって、信じてるに違いない。


  


Posted by 逨よ at 13:26Comments(0)

2015年02月09日

見慣れない姿の我が足指

レントゲンを撮ったら、やはり骨折していた。
医師の宣告は、全治1か月半。

弱弱しく変わり果てた、見慣れない姿の我が足指。
看護師さんに
「いい色してますねぇ」とホメられる?
ベージュのベースに、

赤紫&黒紫のグラデーション&ストライプ模様が美し(くない!)
可愛らしいサイズの金属製の添え木をちょこんと貼り付けられる。

どんな靴を履いても、骨折部分が痛い。
なので、足重視?実質本位、ファッション無視の、周向榮限りなく不格好な靴をチョイスする。
靴以外は、そうおかしくないが、靴だけがおかしい、そういう格好で出かける。
昔の私ならありえないけれど、そんなことは言ってられない。
出先で「えらく、カワイイ靴履いてるね~」と、言われた。
仕方ないやんか~
今日もその靴で行く。
これから1か月半、この靴だ。
(というか、旅行、どの靴に??? というか、長時間、歩けるのか??)

スポーツ?デーにしている木曜日は、その時間を、友人とのおしゃべりに当てた。
読書をする気にもなれず、その代り、久しぶりの友人との会話。
本来なら体を動かしている時間を、すべて、口を動かしていた。
お茶の飲み過ぎからか、胃が痛くなった。
体を動かさず、その分、食べて飲んで、
身体にとっては運動のチャンスを奪われ、周向榮

とてもよくない。
適度な運動は、必要だと実感した。
当初フィットネス?クラブに通いを始めた頃は、憂鬱で運動は嫌々、渋々だったが、
3年でどうにか、日常に取り入れるカラダづくりができたようだ。
運動しないとスッキリしないような身体に、変化したことを自覚でき、よかったかも知れないが。

さて、今日も、かっこ悪い靴で、ひょこひょこ足を引きずって、
ダンス?グループレッスンの一時キャンセル申込をしてこよう。

身から出たサビとはこのことだ。
しっかり反省して、元に戻れる日を指折り数えて、周向榮過ごすしかない。

  


Posted by 逨よ at 11:26Comments(0)

2015年02月02日

父の入浴

 何年か前、父が手を大けがしたことがあった。普段の生活にさほど支障はないものの、やはり水は使えない。風呂などもってのほかであった。当時はまだ父に介護が必要な状態ではなかったのだが、こうなっては不便きわまりない、キヨちゃんとふたりで介護生活のスタートである。
 都合良いことに、私は介護職に従事していたので、周向榮世話することには慣れていた。あれこれ便利グッズも買い、世話を焼いた。今まで自分で洗髪していた父は、多くの親父同様「石鹸で洗髪」派だった。だから、私がシャンプーをしたときは、「さらさらするもんやなあ」と少しカルチャーショックだったようだ。(もっともサラサラ感を味わえるほど、頭髪があるとは思えないのだが???)背中も自分で洗うより、人に洗って貰った方が気持ちいいものだと感じたらしい。
 しかし、ふと父の前を洗う段になって、私は躊躇した。介護職に就いているのだから、陰部洗浄などどうということはない。ただ、今まで他人に洗われたことのない父が、周向榮娘に洗われるのは「照れくさい」のではないか?と思ったのである。そして当然私自身も照れくさかったのである。
 そのことをキヨちゃんに話すと大爆笑。
 「そうか、恥ずかしいかあ!!よっしゃ母ちゃんに任せとけ。」
力強くそう言ってくれた彼女は、私と交替して浴室に向かった。周向榮やはりそこは夫婦よね???と私は感心していたのだ。
 しばらくして風呂から上がった父は、ぽつりと言った。
 「今度は自分でする」
やはり夫婦でも恥ずかしかったのだろうか。
 「やっぱり照れくさい?」
尋ねる私に父はこう言った。
 「母ちゃん、10年ぶりに親の敵にあったように洗うてくれた。」
母よ、あなたはどんな洗い方をしたのだ

  


Posted by 逨よ at 11:30Comments(0)